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幸せな子どもが育つ「ご機嫌な家庭」のつくり方 島での新婚生活
2017/03/20
夫婦

粟島での生活は、一歩家を出れば知り合いがいる面白さがある反面、

 

ボランティアで住んでいた 1年目は、

 

僕がお酒好きだったこともあり、月の30日くらい飲み会、

 

みたいな生活で(ちょっと大げさですが)、それが実は、

 

妻はものすごく嫌だったようです。



こんな出来事もありました。

 

ある日の晩御飯、妻と2人で食事をしていると、

 

ガラガラっと玄関が開き、「西畑!? いるか!?」としゃがれた声がしました。

 

と思うと、「ドタドタ」と家に上がりこんでくる足音。

 

顔を見ると、近所に住む70代の漁師さんでした。

 

「西畑!? 飲みに行くぞ!」とその漁師さんが言ったかと思うと、僕の腕を掴んで、強引に外へ連れ出し、

 

隣の家の別の漁師さんのお宅に連れて行かれたのです。

 

1人取り残された妻は、僕がベロンベロンに酔っ払って帰ってくるまで、1人寂しくご飯を食べて過ごし、

 

そして、酔っ払った僕の寝言を録音し、翌朝、「こんなこと言ってたよ」と怒りながら、 僕に聞かせてくれました。

 

 

漁師さんに腕を引っ張って飲みに連れて行かれたのはこの時だけでしたが、そんなこんなで、

 

毎日のように酔っ払う僕に嫌気がさしたのか、そもそも、実家を出たくなかった気持ちが強かったのか、

 

島暮らしを始めた当初、妻は毎晩のように、「おうちに帰りたいよ~」と涙する日々を過 ごしていました。

 

僕も、最初のうちは、「ごめんね」「いつか慣れるよ」と思いながら話を聞いていたのですが、

 

だんだんと、「そんなに嫌なら帰ればいいじゃないか!?」と思うようになり、

 

終いには、それを言葉で、そして行動、さらに力で示すようになっていきました。

 

 

そこからは、冒頭に書いたぶつかり合いの日々。

 

どちらが最初かはわかりませんが、妻が殴る・蹴る・物を投げる、僕が叩く、突き飛ばす、投げ飛ばす。

 

時には、司馬遼太郎さんの『俄』という本に影響を受けてこらえる日もありましたが、

 

こらえきれない日も多く、結果、妻は悲鳴を上げ、足や腰、背中を負傷して停戦。我に返った僕はおろおろ。

 

翌朝、僕は罪悪感、妻は体の痛みに苦しむ。

 

そんな日々を過ごしていました。 当時、島のダジャレ好きな方から、「温かい家庭。あぁ戦いの家庭」という言葉を聞かされ、

 

「早いとこ何とかしたい」と思いつつ、何もできずに同じような日々を繰り返していました。

 

 

そんな島での2年間を経て、妻がお腹に息子を宿し、つわりが重く、埼玉の実家に帰っていた時に、

 

「この子を産んでも島には戻りません」という電話がありました。

 

当時は、個人事業主として、国から助成金をもらって「島おこし」を仕事にし始めてちょうど1 年が経ったところだったので、

 

「どうしよう?」と悩んだのですが、10日くらいして、

 

「父親という役割は自分にしか果たせない」と覚悟が決まったので、

 

島を出ることに決めました。

 

それが、2012年2月1日でした。

 

その後、紆余曲折がありましたが、縁あってみやざき中央新聞に採用が決まり、2012年4月から宮崎に移り住むことになりました。

 

 

幸せな子どもが育つ「ご機嫌な家庭」のつくり方 自己紹介と妻との馴れ初め

 

 

西畑良俊

 プロコーチ 西畑 良俊

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